モモの旅立ち 9月25日 pm12:30

 

img_07581

9月25日12:30分、我が家の愛犬モモが永眠した。2002年3月3日生まれ、9歳6カ月。
あまりにも突然すぎて、今でもなんだか他人事のようで、モモがそこにいない・・・ということについて、理解できずにいる。

今年に入ってから、肝臓の具合が急に悪くなり、手術をしてしっかり治療し、病後は体調も順調に戻り快復、しばらくいい状態が続いていた。その後、半年ほどたって、手術前の症状に似た肝臓付近の腫れが再発。そして再診察。今年にはいって開腹してまた手術というにはモモにもきつすぎるということで、症状も小康状態だったこともあり、しばらく経過観察ということで、様子をみていた。

最近まで散歩も食欲も悪くなく、この暑い夏も何とか乗り越え、これから散歩にいい季節になったねぇと伴侶と話していた矢先、25日の朝、モモがいつもの散歩に行きたがらず、ご飯も食べずに、ぐったりしだした。肝臓付近の腫れが一段とひどく、かなり腫れている。その様子をみて、病院につれていこうか、どうしようか、ずいぶん悩んだ末、家でしっかり看取ってあげようという決断をくだした。もう一度手術というのは考えられなかったし、もう治る見込みはないのに延命治療はこれ以上したくはなかった。

息づかいもかなり荒く、容体がどんどん悪くなっているのはその様子からみてとれた。

いつもの寝床をきれいに整え、モモの好きな姿勢ですきなようにさせた。そのそばには、長年連れ添ってきたノアがしずかによりそっていた。ノアがそばで付き添っていたこともあり、モモが時々自ら身体をおこして体勢をかえたりする姿をみて、まだ大丈夫だろう・・と思い目をはなし、私は風邪で体調を崩していたため入れずにいた風呂に入っており、伴侶は仕事をしていたら、急にキャーンという、今まで一度も聞いたいことのない声が一声聞こえた。嫌な気がしたので、あわてておふろから飛び出し、急いで着替えてモモの様子をみにいったら、モモは動かない存在となっていた。嘔吐物もなく、一瞬みた感じでは、寝ているようにしかみえない。でも息をしていない・・・・。

あまりの突然の別れに、言葉を失い、理解もできなかった。

それは私や伴侶だけでなく、ノアにとっても同じ気持ちでいるのがひしひしと伝わってきた。
預かり犬ロンは少し遠巻きに、でもモモの死をしっかり感じていた。

あまりにも突然、あまりにも潔い旅立ち。

モモの性格そのものだ。

まだチビだったころから、自由気まま、猫のような性格でこちらが呼んでもきやしない、自分の気の向いたときだけ甘えにくるような奴だった。少し大きくなってからは、気が強く散歩中にあう大型犬もひるまず、がんがん吠えていくような鼻っ柱の強い女でもあった。
気質は確実にあねさん、ノアはモモより一歳上にもかかわらず、モモは姉さん女房的な立ち位置で、ずっと二人でやってきた。震災の後、ロンの預かりをするようになり、我が家に新たな仲間がくわわった時も、いつもなら絶対吠えて他の犬に心をゆるすはずのないモモ姉さんは、ロンの存在をほえもせず、嫌がりもせず、静かに迎え入れてくれた。

モモが動かなくなってから、一晩家族みんなで線香をあげた。ノアはモモの亡骸から離れず、ずっとモモの顔をなめ続けていた。あまりに執拗に舐めるつづけるので、私が時々モモから引き離すと、それをふりほどいてでもモモのそばに戻り、また顔をなめ続けた。

私たちの悲しみは深いけれど、ノアの悲しみはとてつもなく深く深く感じれられた。
残されたノアの悲しみがいえるように、家族みんなでたくさんの愛を注いであげたい。

そして、今このタイミングでロンがノアのそばにいてくれて本当によかったと思う。ロンは10月20日で我が家を後にし、新しく迎えてくれる家族のもとへと旅立つ。

すべて、川の流れのようにひとつところにとどまらず流れ続いていく。

今ここにあるものを精一杯愛してゆこう。

モモ、長い間ありがとう。その潔いよい生きざま、かっこよくてさ、私も負けずに貫きます。

青森ねぶた祭

  • 2011-08-12 (金)

img_0429北海道へ帰省中、8月2日の祭の初日めがけて、青森のねぶた祭へ行ってきました。
本来は、大型ねぶたがでる祭終盤のほうがより盛り上がりよいとのことだったけど、5歳と3歳のこどもを連れての祭りなので、なるべくなら、少しでも人が少ないにこしたことはなしとのことで、こどもねぶたの多い初日となりました。

実家のある北海道木古内町は、津軽海峡をはさんで青森と対面しており、海底トンネルを通っての電車の運行もされていて、本州からくると北海道に入り最初の駅ということもあり、青森へいくにも約1時間10分でいけるのです。
というわけで、この日は日帰り、木古内を16:31分発の白鳥40号にて青森へ。17:45分に青森着。そのまま、ねぶたが運行されるルートの散策、場所取りへと向かいました。ちょうど、さくら野青森店の角の交差点のところが人が少なくみやすそうだったので、そこに陣取り時間になるまで待ちました。18:45分ごろ通行止めの規制がはいり鑑賞場所が提供されたところをみはからってスペース確保!!前から2列目、いい場所とれました。

ねぶたの運行は花火の合図とともに、19:10からスタート。大型ねぶたは、さすがみごたえ十分、ラッセラーのかけごえ、おはやしともにこころの深いところの熱い情熱をよびさましてくれるものとなりました。

 帰りは限定列車「ねぶたエクスプレス号」にて21:50青森発→木古内23:01着の便で帰ってきました。

短時間ではありましたが、密度の濃い小旅行となり、こどもたちにとってもいい夏の思い出ができたかと・・・。

ともに「がんばろう!東北」のたれまくに、同じ北育ちの人間として、思うところ多々ありました。

母の畑@北海道木古内町

  • 2011-08-12 (金)

 

img_03851 

 

img_03901

今年64歳になる母は、一人で畑を耕し、自給自足の生活をしている。家の裏に150坪、少し離れたところに300坪、それだけの畑をたった一人で。父が生前元気だった頃は、二人で仲良く畑仕事をしていた。

季節になると、じゃがいも3種類、人参、とうもろこし、大根、ブロッコリー、かぼちゃ、なす、きゅうり、ピーマン、さやえんどう、枝豆、小豆、ヤーコン、ズッキーニ、様々な野菜のもぎたてとれたてが食卓に並んだ。私が秋谷に越して、所帯を別にするようになってからも、季節になると、段ボールにぎっしりつめられた野菜が届く。

たくさんの汗と、草との格闘。

母が作る野菜を食べるということは、きっと今私が感じている以上に贅沢なことなのかもしれない。
先日の2週間の帰省中、むすめたちとともに畑に入り、じゃがいもをほり草をむしって、はじめて、これまで母がしてくれていた数々の作業の大変さと、その秘めたる想いを身にしみて感じました。 

img_04401

↑UP